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歌詞の世界 Ⅲ (ユーミン編 Ⅰ) [ユーミン]

               Album『悲しいほどお天気』

昨日ちょっと触れた松任谷由実だが、こんどは数回に分けて彼女の歌詞を検証してみたい。
今さらだが、ユーミンは「ニューミュージック」という、1970年代辺りに音楽会社の陰謀で出来たような新しい邦楽ポップスジャンルの草分け的存在である大巨匠である。
(ちなみに、南こうせつや吉田拓郎がニューミュージックの原点のように言う筋もあるが、個人的にはあのへんは絶対に「フォーク」枠に押しやりたい。)

彼女の巨匠たるゆえんは、きわめて優れた音楽性と、きわめて優れた歌詞世界の両方が共存する、盆と正月がいっぺんに来たような贅沢な曲群を大量に世に送り出したことにある。
それまでのフォークや歌謡曲の多くは、良い曲とは言っても基本的には歌詞主導型であったが、そこにいきなり登場したユーミンの曲は、どれも日本国内では今まで聴いた事がないような凝ったメロディラインと複雑なアレンジ。しかも上に載っている歌詞までもがこれまであまりなかったタイプのメロウで詩的で繊細で、かつリアルさを持って人の心に訴えかけるすごいものだった。

それだけ偉大すぎるアーティストであるため、「好きなユーミンの曲は?」とか「印象に残る歌詞は?」などとザックリ言われたとて、そう簡単に答えがまとまるわけがない。私にとっては、ビートルズに並んで「その話だけを肴に朝まで飲める(いや、合宿すら出来る)」アーティストである。
彼女の曲の醍醐味は、歌詞が勝つ時と、メロディ(あるいはアレンジ全体)が勝つ時とが曲によって、あるいは曲の中のパートによっても、常に激しくせめぎ合って甲乙つけがたいレベルの高い攻防が繰り広げられるところにある。

あまりに楽曲そのものの完成度が高いと、もはや歌詞などはどうでもよくなるもので、ちょっと考えたところでも「Tropic of Capricorn」とか、「ランドリーゲイトの思い出」とか、歌声が単なる楽器の一部となって消し飛ばされている曲もある。

または「最後の春休み」とか「雨に消えたジョガー」「5cmの向こう岸」のように、歌詞で語られる情景が頭一杯になってそちらのほうで90%感動が持っていかれる曲も当然多い。
とはいえ、大半の作品は、曲の中で両者が渾然一体となって、時に勝ったり負けたりして構成されている逸品ばかりと言っていいだろう。

とはいえ、歌詞の世界Ⅲということでここでは歌詞のみに着目してみたいが、前回言った「心に引っかかる歌詞には『ヒネリ』が重要」につながっていくアイテムとして、彼女の歌詞には「ハッとする小道具の挿入」が随所にある。

   a   静かな駅の伝言板はきれいに消されてた 
      貴方は昨日 せめて一言残したでしょう  
      (シーズンオフの心には)

   b   冷えだした手のひらで包んでる紙コップは
      ドーナツ屋のうすいコーヒー
      真夜中は全てが媚びることもなく
      それでいてやさしい           
      (影になって)

   c   ハロウィーン
      いのこずち ひとつ
      口づけてセーターに投げたの
      言えなかった想いを 残らず 込めるように  
      (りんごの匂いと風の国)

まあ挙げだすとほぼキリがなくあるのだが、どれもラブソングの歌詞には普通出てこない種の「えっ」と一瞬立ち止まるようなアイテムでありながら、それが情景に良い具合になじんで何ともいえない存在感とデリケートな心象風景を感じさせる。

まずAの「伝言板」。
そういえばひと昔前まで、駅には改札のちょっと手前あたりの壁に必ず伝言板が掛けてあった。
「マサオへ。先に行ってるね ユキ」なんて事がチョークで書き殴ってあり、その下には落し物の手袋の片方がクギに引っ掛けて吊るされていたりなどもした。
(あの伝言板はいつ駅から完全に姿を消したのであろうか?)

のどかだが、うすら悲しくもある風景である。
昨日彼が黒板に書いてくれていたのかもしれない、二度と読むことの出来ないメッセージ。
おもえば携帯などない時代は、恋人同士もお互いの思いが互いに図れぬまま、1日、3日、1週間と平気でやり過ごすようなことも多かった。平気なわけじゃないが、情報伝達手段も限られているのでやり過ごすしかなかった。(家に電話するのも少し勇気が要ったり)
今と違って人も時間も、そして恋愛も、もっと忍耐強くゆっくりと時を刻んでいたように思う。

季節の終わり。無心にはしゃぎ回っていた自分も、彼も、友人たちも、空白の伝言板を残していつしか日常に返り、就職し、結婚し、まっとうに社会を生きていく。
しかし、そんな切なくしみじみとした情景を描きつつ、曲調はハワイアン風味なのがこの曲の面白み、ユーミンサウンドの奥深さでもある。

そしてBの「ドーナツ屋のうすいコーヒー」。
深夜、郊外の駅前のドーナツ屋で、1人の時間をまったりと過ごす。孤独ではあるが、こんな時間は孤独もまた楽しく、本を読んだり日記をつけたり、iPODで音楽を聴いたりしながら(この時代はそれはない)、店の奥のほうのテーブル席に座っている感じ。
喫茶店のマスターが美味しく入れてくれた挽き立てコーヒーだったらもっと濃密で贅沢な時間が過ごせるのだろうが、ここはあえての "ドーナツ屋”。
(この時代だから間違いなくミスタードーナツ。)そしてあえて、コーヒーは薄い。いつ頼んでも必ず薄いこのコーヒーでホッとする日常というものもある。
それにしても、これほどに何の事件も感情の高ぶりもない平坦な風景を1曲にまとめてみる彼女はやっぱりすごい。

そして最後の、C「いのこずち」。
いのこずちっていうのは、あれだ。晩秋から冬にかけて原っぱに行くと見つかる、1.5cmくらいのイガイガがついた手榴弾のような形状の枯れた実。
洋服にいい感じにくっつくので、子供の頃はさんざん集めて友達にぶつけて遊んだりした。
これを片思いの人のセーターの背中に、そぅっと投げてくっつける。上記の歌詞は、

    そしてストーブの前で 脱いだ時気付いてほしい
    小さなブローチ 短い秋のピリオド

と、続くのだが、ストーブの前で着替える という風景も実に暖かく優しくていいし、そのいのこずちのブローチ(この表現もしびれる)を見つけたところで、この彼は彼女の存在やその思いに気付くわけもないが、ちょっと薄く微笑んでくれたりはするかな?くらいの気持ちでいる彼女が何ともいじらしい。

なんだか長くなってしまったけど、このようにユーミンの歌詞世界は大変奥深い。奥深すぎてとても
語りきれない。でも次回もまた語ってしまうつもり。

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wanko

MTさん、こんにちは~。
Yuming世代のワタクシ。Yuming編でどれかコメントを!と思っておりました。
私が初めてYumingの曲を認識したのは「あの日に帰りたい」でした。
小学生の時で、題名も知らずに大声で歌っていた(しかも、外で遊びながら)
場面を、当時通っていた小学校の校庭の登り棒だか、ジャングルジムだか、
いずれにせよ冷たい鉄の棒の感触とともに、今でも鮮明に覚えています。
その時、一緒に遊んでいた友達が「明るい家庭ってドラマの曲だよ」と
言っていたのもハッキリ覚えているのですが、果たしてそれは、ホントだろうか?

「あの日に帰りたい」の詞については、MTさんがおっしゃる奥深さは、余り無いように思えます。
なんつったって、サビが♪青春のぉ~ ですからねぇ~。
by wanko (2006-02-09 11:55) 

milk_tea

wankoさん、再びいらっしゃいませ。

>私が初めてYumingの曲を認識したのは「あの日に帰りたい」でした。

うむうむ。今、最新記事で「貴方の最初の音楽体験は?」を投げかけてます
から、いい切り口ですよ。

>小学生の時で、題名も知らずに大声で歌っていた(しかも外で遊びながら)
>当時通っていた小学校の校庭の登り棒だか、ジャングルジムだか、

あのメランコリックで切ない曲を、小学生が登り棒によじのぼりながら、
ですか!?合わねぇ~~っ(笑)
あの曲を "鉄棒の感触" で思い出す人、日本でもwankoさんだけでしょうね。
(で、やっぱりカーディガンを鉄棒に巻いて、グルグル回ってました?あれが
ないと膝裏が痛い!しかしすぐにカーディガンがヨレヨレ)

>その時、一緒に遊んでいた友達が「明るい家庭ってドラマの曲だよ」と
>言っていたのもハッキリ覚えているのですが、

さっきちょっと検索してみましたところ、「家庭の秘密」というTBSドラマの
主題歌だったそうです。ビックリ!!
(「明るい家庭」なんていうドラマ、あるとしたら教育テレビだけでしょうね~)
主演は秋吉久美子、とありました。どんなドラマだったのだろう!
それにしても、このあたりの時代ですでに、最新リリース曲とドラマが
タイアップするという世界が存在したのですね?
私が、当時印象的なドラマ主題歌というと、「岸辺のアルバム」の主題歌の
Will you Dance (ジャニス・イアン)とか、「ムー一族」の、フュージョンぽい
スピード感あるインスト・ナンバーとかです。(あれ、今からでも聴きたい)

>「あの日に帰りたい」の詞については、MTさんがおっしゃる奥深さは、
>余り無いように思えます。なんつったって、サビが♪青春のぉ~

ユーミンの曲は、メロディと歌詞の重点比率が半々くらいのものが多いですが
あれに至っては珍しく、8:2くらいであのドラマティックなメロディが圧勝してる
ような曲ですからね。それに、あそこまでドラマティックだと、「グレイの曇り空
が~」なんて淡い色彩の世界を歌ってたら負け負けになってしまうから、
歌詞もそれなりに濃い色をつけないと合わないっていうのはありますよね。
だからこその ♪青春の~後ろ姿を~人は皆~忘れてしまう~  
なんでしょう、きっと。森田公一と同じこと、歌ってます。
しかし、この曲の歌詞の冒頭、

    泣きながら ちぎった写真を 手のひらに つなげてみるの

「写真をちぎった時に」泣いていたのか
「手のひらで写真をつなげている」今、泣いているのか
いまだにちょっと気になっています。^^

しかし、この曲はやっぱりイイ!!なんといっても、あの大げさなイントロ
最高です。
by milk_tea (2006-02-09 18:10) 

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